AIアプリ vs 人間コーチ 糖尿病・肥満症の予防について
尼崎市立花駅前の「にしな内科」で糖尿病内科や甲状腺疾患を担当している院長の仁科です。今回は、JAMAという医学雑誌に2025年10月に掲載された「An AI-Powered Lifestyle Intervention vs Human Coaching in the Diabetes Prevention Program」という論文をご紹介します。
タイトルだけ見ると難しそうですが、簡単に言うと「AIによる生活習慣サポートは、人間のコーチと比べて、糖尿病予防にちゃんと役立つのか?」を調べた研究です。当院でも、生活習慣の改善やアプリの活用をお勧めする場面が増えてきました。
「本当にアプリで大丈夫?」「人と話さないと続かないのでは?」と不安に思う方も多いと思います。この論文は、そういった疑問にヒントをくれる内容でしたので、なるべく簡単にかみ砕いてご紹介したいと思います。

研究の背景
糖尿病の「手前」の状態である「前糖尿病」は、世界中でとても増えています。放っておくと、数年のうちにかなりの割合の方が2型糖尿病に進行してしまうことが分かっています。
一方で、食事・運動・体重管理といった生活習慣をしっかり見直すことで、糖尿病の発症リスクを大きく下げられることも、多くの研究で証明されています。その代表が「Diabetes Prevention Program(DPP:糖尿病予防プログラム)」です。
ただし、
- 専門のコーチや栄養士をそろえる必要がある
- 通える場所や時間が限られる
- 人件費がかかるといった理由から、「やった方がいい」と分かっていても、実際には十分に広がっていないのが現状です。
そこで登場したのが「AI(人工知能)による生活習慣サポート」です。スマートフォンのアプリと体重計などを組み合わせ、AIが24時間いつでも声をかけてくれる仕組みが作れるようになってきました。「これが人間のコーチの代わりになれば、もっと多くの人にプログラムを届けられるのでは?」という発想から、この研究が行われました。
対象者
この研究では、アメリカの2つの医療機関(ボルチモアとペンシルベニア州の施設)で、以下の条件に当てはまる方が参加しました。
- 18歳以上の成人
- BMIが25以上(日本で言う「肥満」以上の方)
- 血糖値が前糖尿病の範囲(HbA1cが正常より高めだが、まだ糖尿病ではない状態)
合計368名が参加し、
- AIによる介入プログラム
- 人間のコーチによる介入プログラム
上記のどちらかに、くじ引きでランダムに割り付けられました(それぞれ約180人ずつ)。
参加者の中央値は58歳、約7割が女性、BMIの中央値は約32と報告されています。日本人よりも体格の大きい集団ではありますが、「糖尿病一歩手前で、体重を落としたい中高年の方」というイメージは、日本でもよくある状況でしょう。
介入内容
■ どんな介入をしたの?
研究では、両グループとも「DPP(糖尿病予防プログラム)」の内容をベースにした1年間の生活習慣プログラムを受けました。
AIグループ
- スマートフォンアプリとBluetooth対応の体重計を使用
- 体重・活動量などのデータをもとに、AIが毎日メッセージやアドバイスを送る
- 食事・運動・行動変容に関する教育コンテンツがアプリ上で提供される
人間コーチグループ
- 専門のコーチがオンライン(リモート)で面談やグループセッションを実施
- 電話やビデオ通話を通じて、励ましやフィードバックを行う
研究チームは直接の指導はせず、どちらも「実際に世の中で提供され得る形」で12ヶ月間行われました。
■ 治療のゴールは?
12か月後に、次の条件のいずれかを達成できたかどうかを評価しています。
- 体重が5%以上減った
- 体重4%以上減かつ、週150分以上の運動ができた
- A1cが0.2%以上下がり、かつ診断基準となる6.5%を超えなかった
これらのどれかを達成していれば「成功」と判断する、というルールです。
AIグループ
- スマートフォンアプリとBluetooth対応の体重計を使用
- 体重・活動量などのデータをもとに、AIが毎日メッセージやアドバイスを送る
- 食事・運動・行動変容に関する教育コンテンツがアプリ上で提供される
人間コーチグループ
- 専門のコーチがオンライン(リモート)で面談やグループセッションを実施
- 電話やビデオ通話を通じて、励ましやフィードバックを行う
研究チームは直接の指導はせず、どちらも「実際に世の中で提供され得る形」で12ヶ月間行われました。
結果
プログラムを「実際に始めた」人の割合
- AIグループ:93.4%
- 人間コーチグループ:82.7%
→ 少なくとも「スタートラインに立つ」ことに関しては、AIグループの方が高い参加率でした。
「成功」の基準を達成した人の割合
- AIグループ:31.7%(183人中 58人)
- 人間コーチグループ:31.9%(185人中 59人)
数字だけ見るとほとんど同じです。この差が「統計学的に見て、人間コーチより明らかに悪いとは言えない(=非劣性)」ことが、あらかじめ決めた基準を満たしていると判断されました。
つまり、「糖尿病予防のゴール達成率において、AIによるプログラムは人間コーチが行うプログラムと同等レベルの効果を示した」というのが、この研究の結論です。
考察(この研究から言えること・限界)
■ 良い点・希望が持てる点
1.AIでも、人間コーチと同じくらい成果が出た
- 体重減少・運動・A1c改善を合わせた指標で、ほぼ同じ割合の人がゴールを達成しました。
- 「AIだから劣る」という結果ではなかったのは、大きなポイントです。
2.参加のハードルが下がる可能性
- AIグループの方が、プログラムを「始めた」人の割合が高かったことは注目すべき点です。
- 「人と話すのは少し気が重い」「時間が合わない」という方でも、アプリなら自分のペースでスタートしやすいのかもしれません。
3.医療資源の節約・スケールのしやすさ
- 専門の生活習慣コーチを全国に十分配置するのは現実的に難しいですが、AIなら一度良い仕組みを作れば、多くの人に届けやすいという利点があります。
■ 注意点・限界
日本の患者さんに当てはめる際には、いくつかの注意が必要です。
- 参加者は、ボランティアとして「やる気の高い人」が多く、もともと学歴も高い傾向があったと紹介されています。
→ 生活習慣の自己管理への意識が高い人たちなので、「現実の一般外来患者さん」より成績が良くなっている可能性があります。
- 研究の舞台は米国であり、食生活・医療制度・文化が日本と異なります。
→ まったく同じ結果が日本人にも当てはまるとは限りません。
- この研究は「AI vs 人間のコーチの比較」であり、「何もしない場合」と比べたわけではありません。
→ 生活習慣介入そのものがない場合と比べた「どれだけ得か」は、別の研究も合わせて考える必要があります。
それでも、「AIだからダメ」というよりは、「うまく設計されたAIプログラムなら、人間のコーチと同じくらい糖尿病予防に役立つ可能性がある」という点は、非常に前向きなメッセージと言えます。
最後に(個人的な感想も含めて)
個人的には、この研究は「人間かAIか、どちらか一方を選ぶ」話ではなく、両者をどう賢く組み合わせるかを考えるヒントになると感じました。
- 日常の記録やちょっとした声かけ・リマインドはAIが得意
- モチベーションが落ちたときの支えや、複雑な背景(仕事・家族・こころの問題など)への配慮は、私たち人間の医療者が得意
というように、「AI+医療者+患者さん」の三者でチームを組むイメージが現実的ではないかと思います。
また、今回の結果からは、
- 「アプリでのサポートでも、きちんと取り組めば、体重減少や血糖の改善は十分狙える」
- 「自分に合ったやり方(AIベースか、対面・電話中心か)を選べる時代になりつつある」
という前向きなメッセージも読み取れます。
当院でも、すでにアプリやオンラインサービスによる生活習慣サポートを取り入れていますが、今後も患者さんのためになりそうなものは積極的に取り入れていく方針です。また必要な方には、医師・看護師・栄養士による対面でのきめ細かい支援を組み合わせながら、「無理なく続けられる糖尿病予防・血糖値管理・体重管理」を一緒に考えていきたいと思います。
「AIのサポートを使ってみたい」「どんなアプリを選べばよいか分からない」「自分に合う方法を相談したい」という方は、外来で遠慮なくご相談ください。糖尿病になる前の「今」の一歩が、また糖尿病と診断されてからの日々の病気との向き合い方が未来のご自身の体を守ってくれます。
