はじめに、1型糖尿病の患者さんへ

1型糖尿病の発症に生活習慣は関係ありません。ですが、「糖尿病」という病名やそのイメージから生活が不摂生であるといった誤解を受けるなど、社会からの認知と理解はまだまだ足りないのが現状で辛い思いをされることもあるでしょう。当院では1型糖尿病患者さんが自身の生活をより過ごしやすく、そして合併症の進行を避けてより良い予後を迎えられるように精一杯のお手伝いが出来ればと考えています。

当院では1型糖尿病に対する専門的なインスリン治療を行っております。

~当院で実施可能な検査および治療について~

  • ペン型(使い捨て)インスリン注射
  • ペン型(非使い捨て注入器)インスリン注射
  • インスリンポンプ治療※
  • 自己血糖測定
  • 24時間持続センサーグルコース測定※(フリースタイルリブレ、DexcomG6など)
  • 迅速HbA1c測定(微量血採血可)

※:以下の詳細をご覧ください。

インスリン治療が生涯にわたって必要

1型糖尿病では、血糖値を維持するためのインスリン分泌が絶対的に不足した状態となります。残念ながらインスリン分泌が自然に回復することはなく、そのため摂取したエネルギー・糖を体内に取り込み血糖値を維持するために、生涯にわたってインスリンの補充が必要となります。

治療は栄養バランスの取れた食生活に適切なインスリンを補充することになります。インスリンの補充方法には選択肢(頻回注射療法、インスリンポンプ療法など)があり、それぞれメリット・デメリットがありますので後の項をご参照下さい。

また適切なインスリンの量を算出するための方法論に、「カーボカウント」というものがあります。多くの1型糖尿病患者さんではこの方法をもとにインスリンの量を決定していますが、一長一短で習得できるものではなく、それぞれの患者さんの理解力に合わせた学習が必要になります。

日常生活における注意点

1型糖尿病では、生活においてインスリン注射が手放せず、同時に常に低血糖と背中合わせに生活をしなければいけません。想定される問題を解決する策を自身で習得する必要があり、それらは特に患者さんごとに個別で考えていかなければいけない問題です。

~インスリンの打ち忘れや
注入ミス~

1型糖尿病の治療では、本来必要なインスリン量が十分に体内に入らないと血糖値は高くなり、必要な量よりも多く打ちすぎると血糖値は低くなります。少しのズレで血糖値は大きく変わってきます。これは従来自身の膵臓がクッションのような役割で血糖値を低下させるインスリンや血糖値を上昇させるグルカゴンというホルモンが血糖値の乱高下を防いでくれていた機能が無くなってしまうからです。打ち忘れは当然ながら血糖値が上昇しますし、正しい打ち方をしなければ設定した量がきちんと注入されないといったトラブルが発生し血糖値の不安定さに繋がります。打ち忘れがないような工夫をし、正しい打ち方を理解する必要があります。

~低血糖対策~

日頃安定した血糖値を維持するためには、どうしても低血糖は避けられないでしょう。低血糖を放置してしまった場合、慢性合併症(網膜症や心血管疾患)の進行に繋がります。日常的に低血糖発作を起こしてしまうと、体が低血糖への「慣れ」を起こし低血糖を起こしていても気付かなくなってしまいます。これを「無自覚性低血糖」と呼び、危ない状態です。基本的に低血糖発作時にはブドウ糖補給により血糖値を上昇させる必要がありますが、ブドウ糖補給の量・方法には個々に合った方法があります。また何より重要なことは低血糖になる原因を見極め、未然に回避することでしょう。

~運動時の注意点~

1型糖尿病に対する運動療法では、合併症予防や生命予後の延伸といった側面で重要であるという医学的根拠は2型糖尿病ほど確立しておりません。ですが、リフレッシュや全体的な健康維という面からはきっと必要なことでしょう。運動する際にはインスリン注射のタイミング、量などを一時的に変更するといったある程度のルールを決めておく必要があります。多くの運動では血糖値が低下することが予想されますが、実は運動強度がかなり強い場合や患者さんのインスリン/グルカゴンレベルによっては血糖値が急激に上昇してしまうこともあります。ひとつひとつ経験しながら、きちんと振り返りルール作りをすることが重要でしょう。

~カーボカウント、インスリン投与量の自己調整~

ここでは簡単にだけ紹介します。カーボカウントとは、その名の通り「糖質計算」です。基礎カーボカウントと応用カーボカウントに分かれます。

〇基礎カーボカウント
食事中の糖質量を把握し、規則正しく朝、昼、夕に分配することを指します。毎食に摂取する糖質量をある程度一定にすることで、血糖値のコントロールが安定します。
〇応用カーボカウント
今から食べる食事中の糖質量を計算し、それを元にインスリン量を調整することです。実際には「インスリン効果値(1単位の超速効型インスリンで低下する血糖値)」、「糖質/インスリン比(1単位の超速効型インスリンで処理できる糖質量)」を決めておき、これらの数値を用いて実際に打つインスリン量を計算します。

毎日同じものを食べる人はいないでしょうから、摂取する食事にあわせたインスリンを投与することは非常に理にかなった治療法です。しかし、これらの実践は決して容易ではありません。食事とインスリン治療に対する理解を深めて、出来る範囲から少しずつ実践していきましょう。

インスリン注入器や最新機器について

インスリン治療薬は大きく速効型タイプと持続型タイプに分かれます。これは本来の膵臓から分泌されるインスリンで食事にあわせて出る「追加分泌」と、24時間分泌される「基礎分泌」に相当します。昨今ではインスリン注入器も様々な種類があり、個々の治療内容や生活状況にあわせて合ったものを選択します。

  • ペン型インスリン(使い捨てタイプ):最も汎用されている製品です。文字通り薬液(1本あたり300~450単位)をすべて使い切って廃棄します。
  • ペン型インスリン(カートリッジタイプ):薬品部分のみを交換するカートリッジタイプのものです。使い捨てタイプに比して費用を抑えられ、プラスチックごみが少なく環境にも優しいものとなっています。1型糖尿病の治療では長期間継続してインスリンを使用しますのでメリットが高いと考えられます。
  • インスリンポンプ(CSII):皮下にインスリンを持続的に注入できるポンプを留置します。インスリンポンプではペン型インスリンに比べてより詳細な単位数調整が可能となり、HbA1cの低下や低血糖の回避に繋がります。食事の際の追加インスリンの投与が簡単なボタン操作により実施できます。
  • センサーインスリンポンプ(SAP):持続センサーグルコース値と連動したインスリンポンプ治療です。インスリンポンプ単独に比べて、より詳細なインスリン調整を行うことができます。特に無自覚性低血糖を併発している方には推奨されます。
  • ハイブリッドクローズドループ(HCL)療法:SAPから得られる血糖変動の情報をAIにて自動解析し、インスリンポンプが自動で基礎インスリン量を設定する方法です。

~代表的な
インスリンポンプの紹介~

〇ミニメド メドトロニック社
国内で最も使用されているインスリンポンプの一つです。SAP療法(サップ療法)が可能です。低グルコース時に一時的な自動注入中断機能や、最新機種の770Gではハイブリッドクローズドループ療法といって、SAP療法を応用して測定したグルコースに応じて基礎インスリン量の自動調整してくれる機能を有します。
〇メディセーフウィズ テルモ社
チューブレスのインスリンポンプです。本体が小さく肌着の下でも装着が可能で、女性には特に薦められます。操作性の高いタッチパネル式リモコンで機械に苦手な方でも安心して使用して頂けます。

~費用の目安について~

外来での通院費用(保険割合が3割負担の場合)は以下の通りです。

ペン型インスリンと血糖測定(月120回以上orリブレセンサー使用)の場合:約10,000円
インスリンポンプと血糖測定(月120回以上orリブレセンサー使用)の場合:約20,000円
SAP療法・HCL療法の場合:約30,000円

上記に薬剤(インスリン)費用が3000~5000円程度発生します。
詳細な治療費用については以下のホームページをご参照下さい。
http://dmic.ncgm.go.jp/general/about-dm/080/100/01.htm
(引用:国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター「糖尿病とお金のはなし」

患者会、小児サマーキャンプ、
IDDMネットワークについて

国内の1型糖尿病患者は欧米に比べて少なく、社会の中で病気の理解はまだまだ不足しており、学校生活や就職、結婚など多くの場面で様々な知識やサポート体制が必要です。患者、そして患者家族が苦労を共有し、励まし合い、情報交換をすることで多くの問題を解決できます。日本糖尿病協会が中心となり各地域で1型糖尿病の患者・家族会が盛んに開かれており、カウンセリング、サマーキャンプ、新薬やインスリンデバイス等の情報提供・交換、政策提言などを行っています。患者会には我々医療者も参加することで多くのことを学ばせていただきます。

大阪杉の子会:http://osaka-suginokokai.com/
DMF KOBE:https://dmfkobe.weebly.com/
小児サマーキャンプについて:https://www.nittokyo.or.jp/modules/patient/index.php?content_id=23

膵島・膵臓移植について

~膵島移植・膵臓移植について~

1型糖尿病治療のひとつの選択肢として膵島移植、膵臓移植(膵腎同時移植手術含む)が挙げられます。いずれも1型糖尿病の完治を目指す治療でありますが、レシピエント登録のハードルや治療後に免疫抑制剤を継続して内服しなければならないこと、1型糖尿病の再発など様々な課題が残されています。

当院では主に膵島移植は京都大学医学部附属病院、膵臓移植・膵腎同時移植は大阪大学医学部附属病院への紹介を行っております。移植手術の適応要件として、1型糖尿病で御自身のインスリン分泌がほぼ完全に無くなっていることが大きな要件となります。また、実際のレシピエント登録に向けて様々な要件がありますので、詳細は医院にてご相談下さい。

さいごに

専門医の間でも「難しい」と言われる1型糖尿病の治療。確かに一筋縄ではいかない現状があります。
インスリン治療の歴史は、約100年前から始まりましたが、ここ数年のIT技術の進歩により血糖コントロールの目標値や患者さんの生活のし易さは大きく改善してきたと言えるでしょう。そして現在でも世界中の研究者がiPS細胞を用いた膵島細胞の生成、人工知能を搭載したインスリンポンプ、点鼻インスリン製剤など研究段階ではありますが糖尿病の治療はまだまだ躍進し続けることでしょう。我々臨床医はこのような最新の治療の適正・有効性を見極め、目の前の患者さんに応用していく義務があると思います。

難しいと頭を抱えるだけじゃ決して前には進めません、希望を持ちながら出来ることを確実に一つずつ頑張りましょう。最後までご覧いただきありがとうございました。